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最高裁判所第三小法廷 平成元年(オ)36号 判決 1989年4月25日

東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目一〇番一号

上告人

日綜産業株式会社

右代表者代表取締役

小野辰雄

右訴訟代理人弁護士

矢野義宏

鈴木泰文

兵庫県尼崎市扶桑町二丁目一番地

被上告人

住金鋼材工業株式会社

右代表者代表取締役

岡繁

右当事者間の大阪高等裁判所昭和六三年(ネ)第一四二号意匠権侵害差止請求事件について、同裁判所が昭和六三年九月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人矢野義宏、同鈴木泰文の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己)

(平成元年(オ)第三六号 上告人 日綜産業株式会社)

上告代理人矢野義宏、同鈴木泰文の上告理由

原判決は左記に述べるとおり、判決に理由を付せず又は理由に齟齬あるとき、若しくは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるときに該当し(民事訴訟法第三九四条、三九五条六号)、破毀を免れない。

第一、本件(イ)意匠と本件製品(一)、(二)の意匠(以下両者という)について

一、原判決は頭書の点につき次のように判示する。

(一)意匠の要部とは、物品の機能に当然由来する形状の部分、及び公知の部分を除いた部分で、看者の注意を強く惹くと認められる部分である。

(二)左の部分は、に該当し、これは両者の意匠に共通である。

イ、長方形の足場板の背部両端に二本の支柱を起立させる。

ロ、足場板の四辺の上方を背部の支柱より低い高さの手摺、安全枠、連結材で取り囲む。

ハ、背部の支柱の頂部付近と右手摺等を吊り材又は斜材で結ぶ。

ニ、背部の支柱の上方には取り付け具を設ける。

(三)従って、本件(イ)意匠の要部は、左の具体的態様にある。

(ⅰ)手摺

(ⅱ)安全枠

(ⅲ)吊り材

(四)右の観点から両者の意匠を対比すると、左の点が異なり、これらはいづれも左のとおり看者の注意を惹くもので、美観の点(全体観察も含む)において両者には顕著な相違がある。

相違点 本件(イ)意匠 本件(一)・(二)

A 足場板の前部両端の二本の前側支柱 足場板の前面  りの二本の連結材

B 上下二本の側部手摺 一本の前部手摺 X字状の安全枠 上下二本のコ字状手摺

C 二本の背部手摺を足場板の四辺の上方に配する 三本の補強材

D 背部の支柱の頂部と前側支柱の頂部に から成る吊り材を架設 背部の支柱の上部と足場板の前部側面間に斜材を連結

美観 角張っている 素朴 いかつい 曲線的 洗練されている 優美

二、右判旨は次のとおり理由を付せず又は理由に齟齬があり、ひいては判決に影響を及ぼす法令の違背があり妥当性を欠く。

(一) 原判決の意匠の要部に関する定義は実務上一般に云われていることであるので、そのこと自体に触れる積りはないが、要するに意匠法第三七条(以下法令という)の適用に際して行われる意匠の類非の判断は、右のような抽象的な定義で割り切れるものではなく、両者を対比し、相違点を洗い出し(個別観察)、その相違点が美観において決定的に両者の違い、即ち、不正競争、物品の彼此混同の防止に寄与するか否かの全体観察から為されるものであり、これが意匠権制度における右法令を適用するに当っての基本的スタンスであるというべきである。

(二) 原判決によれば、両者は一、(二)記載のとおりの共通点を有し、それらはいづれも物品の機能に当然に由来する形状部分であるとする。右の(イ)乃至(ニ)を検討すれば、それは本件(イ)意匠の構成を全て含むものであり、従って意匠の要部は全くないことになる。

であるのに原判決は、一、(三)において、(ⅰ)手摺、(ⅱ)安全枠、(ⅲ)吊り材の「具体的態様」が本件(イ)意匠の要部であるという.なぜ後側支柱、足場板等のその他の構成の具体的態様が意匠の要部でないのかの説明に窮するはずであり、まずこの点に理由の齟齬乃至法令違背があると言わなければならない。

また、一、(四)において、相違点を挙げ、これらは看者の「注意を惹く部分」、であるともいうが、原判決にいう看者の注意を「強く」惹く部分とは言っていない。むしろ、原判決流にいう物品の機能に当然由来する形状と云うべきであろう。なお、右A(足場板の前部両端の前側支柱)は、原判決が示した意匠の要部には該当しない部分であり、これを引用した点は判示自体に誤りがあり、理由の齟齬であると云えよう。

(三) 問題は、一、四のB(X状の安全枠)とDの相違点である。この点については、原判決においても「注意を惹く点」であるとは云っているが「注意を強く惹く」とは云っていないし、また、この点だけからは、原判決の云う本件(イ)意匠が角張っている、素朴、いかつい、本件製品(一)・(二)が曲線的、洗練されている、優美という美点は導かれない。原判決は全体観察をしてそのように結論ずけたものと思われるが、要部観察との関係があいまいであるし、要部を掲げた意味がないと云わねばならない。

即ち、原判決の云うように、意匠の要部を抽出して、その対比のみによって意匠の類非を決定する方法は法令の解釈を誤るものである。単なる公知の意匠、物品の機能に当然に由来する意匠の組合せ(結合)であっても、それが全体的な美観を形成することが意匠となること当然である(判旨の理論で云えば要部がなくなってしまい、本件(イ)意匠が登録された意味がない)。

本件(イ)の意匠は、意匠権制度の目的から導かれる法令の解釈をすれば、前記二点を除くほか全て本件(イ)意匠に類似し(原判決も、裏を返せば、このことを認めていることになる)、右二点の相違も全体のなかの一部としてみれば、注意は惹くが、注意を強く惹くものではなく、全体のなかに吸収されてしまう程度のものにすぎず、法令の解釈を正当になせば、判決に影響を及ぼすこと明らかで、単なる事実認定の問題ではないのである。

第二、本件(ロ)意匠と本件製品足場板部分の意匠(以下両者という)について

一、原判決は頭書の点につき次のように判示する。

(一) 左の部分は(b)公知の部分(構成)であるから意匠の要部ではなく(但し、左のトについては特に看者の目を惹く点ではないから意匠の要部ではない)、両者共通である。

イ、足場板の単体を結合して長方形の水平な作業床を形成する。

ロ、作業床の対向する二辺には巾木を設ける。

ハ、作業床の上面には平行且つ等間隔に多数の滑り止め用の突条を設ける。

ニ、下面両端には脚部を設ける。

ホ、単体の結合部が作業床の下面で一つの脚部を形成する.

ヘ、作業床の上面の突条の断面が小さな台形。

ト、作業床の左右両端の巾木が板状でその上端が断面円形状をなして少しふくらんでいる。

(二) 従って、左のとおり美観は相違する。

本件(ロ)意匠の要部 作葉床を二つの単体の結合から成るものとしたことに伴い、二三灸の滑り止め用突条を設けた作葉床の下面の両鶴と中央に単純な形状の 部を合計三個設けた点 単純で平板な印象

本件 品足場板部分の意匠 作葉床を五つの単体から成るものとしたことに伴い、二四条の滑り止め用突条を有すろ作葉床に両端、結合部、補強部の三種で合計一〇個の脚部を設けた 複雄で入リ組んだ印象

注1.通常の使用状態においては類否判断の決め手とならない部分であっても、物品の購入時においては別角度から観察されることによって看者の注意を惹き、このことによって他の意匠と区別されることがある。

注2.通常の使用状態においても、足場板の正面図では外枠で隠されるとしても、吊り足場は建築中の建物などから吊り下げられているのであるから、足場板の底面を下から見上げることが予想されているから、脚部が目に触れないものとは一概に云えない.

(三)なお、次の点はありふれた構成であって、本件(ロ)意匠の要部というべきものでないが両者は相違する。

本件(ロ)の意匠 済り止め用突条が作葉床の短辺と平行に設けられている.

本件足場板部分の意匠 済止め用突条が長辺と平行に設けられる.  長い印象

二、右判旨は次のとおり理由を付せず又は理由に齟齬があり、ひいては判決に影響を及ぼす法令の違背があり、妥当性を欠く。

(一)意匠の類非の判断方法についての批判は、第一記載と同様であるが、本件(ロ)意匠の判断基準と本件(イ)意匠の判断基準と相違しているように思われる。即ち、後者は意匠の要部を摘示して判断しているのに、前者については意匠の要部という指摘は全くない。

(二)右の点からみると、一、(一)記載のとおり、両者は全く類似である。

(三)相違点は、要するに足場板下面の構成一点だけである。

この点は、湯呑みの底と同じ程度のものであるにも不拘、原判決は、注1.の判示は一般論として是認できるとしても(但し、「別角度」なるものがどのような場合であるのか不明である)、注2.記載のとおり、足場板は建築中に建物から吊り下げられるから足場板の底面を下から見上げることも予想されるから脚部が目に触れないものとは一概に云えないとし、前者は単純で平板、後者は複雑で入り組んでいるとの印象の相違があるという。

(四)しかし、二つの湯呑みの意匠の対比において、その一の湯呑みの底にいくら意匠を凝らしたからと云って、他が類似しているのに両者別意匠という論理は、いかに理屈づけようと(原判決のいう「別角度」とは何を想定しているのであろうか)説得力のないことは論をまたない。また、「一概に云えない」などは論理の欠落と云うべきであり、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈の違背である。

しかも、「意匠の要部」の対比という判断基準はどのようになってしまうのであろうか。

(五)また、一、(三)の指摘の点も、何をか云わんやの類である。人間の美的感覚は、大量生産品であっても、若干の美的相違が出てくること当然であり、「細長い印象」などは意匠権の保護という制度趣旨からみればとるに足らない印象であるし、判決にいう要部でないのに印象を云々するのは論理的に一貫性がないといわざるをえない.

第三、本件(ハ)意匠と本件製品足場取り付け具部分一及び二の意匠(以下両者という)について

一、原判決は頭書の点につき次のように判示する。

(一)左の部分は部品の機能に当然由来する形状の部分、公知の部分に該当し、従って意匠の要部でなく両者共通である(但し、二は本件(ハ)の意匠のみ).

イ、ねじ山を切った長いねじ捍本体にねじ捍取り付け部を装着.

ロ、筒部と引掛部から成るフック筒体を遊嵌する.

ハ、その後方でナットをねじ捍本体に螺合.

ニ、ねじ桿本体の後方に小さなナット止ピン.

ホ、引掛部が、円筒状の基部から垂下したのち筒部と平行するように折れ曲がり、角筒部と対向する内側辺部が傾斜部となるよう先端に進むにつれて厚みの減少する形状.

ヘ、引換部の折れ曲がり部の外側辺部が、四分の一円弧状.

(二)従って、本件ハ意匠の要部は、

(ⅰ)引掛部のリブの形状。

(ⅱ)フック状筒体の筒部の形状。

(ⅲ)ねじ捍取り付け部の形状。

(三) 両者は次のような看者の注意を惹く相違点があり、美観の点で顕著な相違がある。

本件(ハ)の意匠 本件製品足場板の取り付け具部分(一)・(二)の意匠

相違点 引掛部の内外側辺部にはリブが形成されて引掛部両面に円筒状基部と同 の平面状部を形成 これらのリブを橋絡するように引掛部の両面に三つのリブが形成 引掛部両面に上から順次四角状、四分の一円弧状、台形状、三角形状の  部を形成 引掛部こリブを えず平板状

フンク状筒体の筒部が引掛部を設けた太い円筒状の基部とその先にあってこれよりやや細く上端を円弧上とした角筒部から成る 普通の円 でその後半部に引掛部が設けられている

ねじ伜取り付け部は、円筒状の基部と平らなくちばしを少し いたような二又状支持部と二つの支持部を頁通する 付用の いボルト及び六角ナットから成る コ字状金具、これに挿入された取り付けポルトとボルトに処合する六角ナットから成り、コ字状金具の中央部がねじ梓の先端に設けた六角ナントと固定されている

美観   で頑丈そうな印象 簡素で軽快な印象

二、原判決は次のとおり判決に影響を及ぼすこと明白な法令違背若しくは理由齟齬、理由不付の違法があり、妥当性を欠く。

(一)、意匠類非の判断方法についての批判は、第一、第二、記載と同様である。

(二)、右の点からみると一、(一)記載のとおり両者の意匠は全く類似である。

(三)、上告人も、原判決の指摘する一、(三)記載の相違点があることは認める.しかし、その裏には、他の構成が全て類似ということを看過してはならないし、原判決も、「強く」看者の注意を惹くものとは指摘していない。

即ち、前者が複雑で頑丈な、後者が簡素で軽快な印象を、右相違点においてのみ認められるとしても、全体的な形状からすれば、それらは全体に吸収されてしまう程度のものであり、意匠制度の目的から導かれる法令の解釈を適正になせば、看者の注意を強く惹きつける程度とは云えない。この点の違法は、単なる事実認定の問題ではなく、法令の解釈の問題なのである。

以上

昭和六三年(ネ)第一四二号意匠権侵害差止請求控訴事件(原番)大阪地方裁判所昭和六一年(ワ)第一一五〇七号)63‐19

判決

東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目一〇番一号

控訴人 日綜産葉株式会社

右代表者代表取締役

小野辰雄

石訴訟代理人弁護士

矢野義宏

同 鈴木泰文

兵庫県尼崎市扶楽町二丁目一番地

被控訴人 住金鋼材工藥株式会社

石代表者代表取締役

岡繁

石訴訟代理人弁譲士

土肥原光圀

右当事者間の頭書控訴事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一 控訴人は、「1 原判決を取り消す。2 被控訴人は、原判決添付別紙物件(一)及び(二)記載の足場装置を販売し、貸し渡し、又は販売若くは貸し渡しのために展示してはならない。3 被控訴人は、右目録(一)及び(二)記載の足場装置を廃葉せよ4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに第2ないし第4項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

二 当事者双方の主張は、次のとおり訂正、附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

原判決四枚目裏一二行目の「後側支柱間」を「後側主柱間」と訂正し、同六枚目表三行目の「三本の補強材は」の前に「背部の」を加え、同七枚目表一二、一三行目の「後側支柱」を「後側主柱」と、同一七枚目表二、三行目の「作葉床の対回する二辺に巾木を起立させ、」を「作葉床の四辺に巾木を起立させ、」と各訂正し、同二四枚目表一〇行目の「また、」の次に「右のとおり、これが独立して経済取引の対象となるものではないが、仮に、」を加え、同裏一、二行目の「右の七つの部材が四つのコーナー金具で」を「控訴人のいう五つの単体は、一度結合すると、結合部が互いにかみ合つて分離できない構造になつているうえ、この部分を下面において溶接しており、さらに、左右から巾木部分を組み合わせたうえ、四つのコーナー金具で鋲止めされ、」と、同二五枚目表六行目の「作葉床の下面には、<5>の他に、」を「作葉床の下面には、<4>及び<5>の他に、」と各訂正し、向二九枚目表五行目の「また、」の次に「右のとおり、これが独立して経済取引の対象となるものではないが、仮に、」を、同九行目の「部分であろう。」の次に「それにも拘らず、」を各加え、同三〇枚目表二行目冒頭から三行目末尾までを「<12> ねじ桿本体の後端には、小さなナツト止めピンが挿着されている。」と訂正する。

三 証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠目録に各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものと判断する。

その理由は、次のとおり附加、訂正するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

原判決三五枚目表八行目の「別紙意匠公報(一)」を「成立に争いのない甲第一号証(別紙意匠公報(一)」と訂正し、同裏二行目冒頭から四行目末尾までを削除し、同一二行目及び同三八枚目表六、七行目の各「乙第一五号証の一ないし六」の次に「並びに当審における検証の結果」を加え、同三七枚目裏八行目の「別紙意匠公報(二)」を「成立に争いのない甲第二号証(別紙意匠公報(二))」と、同四〇枚目裏三行目の「(B<14>)」を「(B'<14>)」と、同一〇行目の「別紙意匠公報(三)」を「成立に争いのない甲第三号証(別紙意匠公報(三))」と各訂正し、同四一枚目表一、二行目の「図面(一)及び(二)」の次に「、当審における検証の結果」を加え、同三行目の「以下の訂正を施すほかは、」及び同五行目冒頭から六行目末尾までを各削除し、同裏五行目の「ナツト止片が設けられ」を「ナツト止めピンが挿着され」と訂正する。

二 右訂正して引用した原判決の認定、判断は、その挙示する各証拠並びに弁論の全趣旨に照らして肯認することができ、他に、右認定、判断を左右し、かつ、控訴人の請求原因事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

三 よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第九民事部

裁判長裁判官 長久保武

裁判官 諸冨吉嗣

裁判官 梅津和宏